LRQA情報誌「Value Eyes」やお客様向けメールニュースにてご紹介したコラムを集めています。
2003年の事業者に対するCDM講習会(各社のCDMプロジェクト担当者及びコンサルタント向け技術講習会)を行っていた頃、林野庁主催の「CDM植林技術指針調査事業」委員会に出席を要請された。当時は、国連CDM理事会で森林吸収プロジェクトのルールや方法論等が議論に入っていない段階で、わが国としては京都議定書における削減目標の6%のうちの3.9%を森林吸収でまかなおうとしていたため、森林吸収に関する方法論の確立が急務の課題であった。森林プロジェクトはエネルギープロジェクトに比較して時間がかかる上に複雑であり、早期に準備する必要がある。その中で私の役割は、林業の専門家にCDMプロジェクトの設計図書の書き方やその中に必要な方法論の組み立て方の解説書を作成することであった。
わが国にとって1990年比6%削減という京都議定書の約束を自らの削減努力で果たす事は当初から困難と考えられており、その中の少なくとも1.5%をCDMや国際排出量取引を利用して穴埋めせざるを得ない状況にあった。その為日本政府はCDM制度の早期の確立が重要と考え、人的、財政的支援を国連に対して行った。人的支援としては、CDM理事会メンバーや小規模CDMパネルメンバー、方法論パネルメンバーを積極的に海外へ送り出した。その結果、それぞれの会議の中で日本から送り出された委員の方たちはリーダーシップを発揮され、結果としてCDMは急速に発展し今日に至っている。小規模CDMパネルメンバーとして派遣された方が、帰国して我々に報告した際、「世界の地域のバランスを考慮して他のメンバーが国連より人選されたそうであるが、CDMで一番難しいとされる「追加性」に関して知っているメンバーは当時全くいなかった」とおっしゃっていた。彼がいなかったならCDMはどのような経緯を辿ったであろうかと考えると背筋の寒い思いがする。
初期のCDMはエネルギー起源のものであり、森林吸収は非永続性(火災や病虫害で吸収したCO2が大気中に戻される事)の問題点などがあり、進め方を間違えれば発展はいつになるか予測が出来なかった。そのため、CDM植林技術指針調査事業委員会で是非にも日本から森林関連の専門家を人選し、あらゆる手段を講じてCDM吸収源パネルに送り出す事を提案し賛同をいただいた。しかしその数ヵ月後、日本が人選した方が国連で採用されなかったという報告を同委員会で聞かされた。その後の結果は、登録されたCDMプロジェクト2,220件中森林CDMプロジェクトはわずか16件という現状が物語っている。これはエネルギー起源のプロジェクトが3年位先行したとしても歴然とした結果である。
日本ではこれらの少ないCDMプロジェクトの中から方法論を準用する事により、環境省のJ-VER制度で森林吸収が採用・施行され、2010年より各検証機関が有効化審査及び検証が出来るようになった。
今後は、森林吸収に対する関心は高まって行き、さらに、放置されていた森林にお金が廻っていく仕組みが形成されることで、森林管理が適切に行われる時代になる事が望まれる。LRQAもこのようなサービスを提供出来るよう、現在準備中である。
(第6回へ続く)
LRQAジャパン 地球温暖化サイト http://www.climate-change.jp/
LRQAジャパン版 GHG検証員の『私の履歴書』です。(計6回)